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サウジアラビア王国 視察旅行
2011年
サウジアラビア王国 視察の旅。 ブログ『chico』より抜粋


『日本も太平洋戦争時代から生地に『日章旗や戦闘機』を好んで書いて国民の意識をプロパガンダしました。政治は国民の統括が目的とするならば「服飾」という手段は多いに政治に関係する事。 私も来年「イスラムの女性服飾の変遷と近代化」という修士論文を発表します。
世界人口三割がイスラームの時代にあって、この服飾は政治的な問題もはらんでいます。』



◆今年の暮れからニューイヤーにかけて、第4回『温故知新』伝統派国際ファッションショーをサウジアラビアで開催予定しています。
 日本人にも容易に許されることではありません。 下準備にサウジアラビアに向かいました。

◆お忙しい公務の中、貴重なお時間をありがとうございました。 サウジアラビア駐箚特命全権大使の遠藤茂様に掲載の許可を頂きました。
 『「文化交流」って何?』



2011年11月15日 (火)
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いよいよ出発。その前に大学院へ。

昨日、急に大学院の戸津先生からのお電話。
「矢作さん、明日バティックの発表を教授たちの前でするので、矢作さんもこれますか?その場で私に質問をして欲しいんです。他の教授たちに矢作さんを紹介したいんで」
いくら、サウジに出発の日でも、これは出なくては.......。
「で、きもので来れないでしょうか?」
「はい分かりました」
とメラに聴講学生としてついて来てもらいました。
案の定、先生は私に質問をふってきました。
『政治と服飾』
この関係をどうも好ましく思っていないらしい教授方に向かうように。

「あやふやなアイデンティティーを持った国民が造る実態のない国家をまとめあげる方法に『敵』を造る手段があります。インドネシアという多民族国家をまとめあげる為に、必要なものがバティックで、マレーシアがバティックを世界遺産に登録したときにインドネシア人が『バティックは自分たちの国の物』とマレーシアを『敵』と思ったと思います。さらに、オランダから英国に支配が代わり、大量のコピーバティックが入り込んで、インドネシアでもヒットしましたが、そのうちに『本物』を見直す傾向に変わります。それは今日本で『TPP』加盟で大量の安い物が入り込んでくる懸念と似ています。日本の本物を見直すようになる傾向に傾く気がします。その国の国民の意識を高めるという事に服飾は欠かせないと思います。日本も太平洋戦争時代から生地に『日章旗や戦闘機』を好んで書いて国民の意識をプロパガンダしました。
政治は国民の統括が目的とするならば「服飾」という手段は多いに政治に関係する事だと思いました。
私も来年「イスラムの女性服飾の変遷と近代化」という修士論文を発表します。
世界人口三割がイスラームの時代にあって、この服飾は政治的な問題もはらんでいます。」
教授たちの顔をしっかりと見据えて私はこう話しました。

帰りにメルゲン君が「矢作さん。モンゴルから12月10日のファッションショーに参加する人が決まりました。」サウジから帰ったら、やる事が沢山です。

成田発、20:50分
東京駅発 17:33成田エクスプレス。









ラウンジでB.Tさんと対面。
奥様と娘ちゃん。
もうカワユイ!!!!
なんでこんなにかわいいんでチョウか!!!!

  

飛行機ではウェルカムドリンク。凄くおいしい。トマトジュースとオレンジジュースにソーダ?そんな感じ。大好きです
約7時間でシンガポール。そこで8時間のトランジェット。
アンバサダーホテルを6時間借りて仮眠後、ラウンジで。豪華!!!

ホテルの隣にあった楽園のような建物。
行きました。さすがにシンガポール。熱帯な感じです。

いよいよです。機内からはシンガポールの海です。
いよいよアブダビ目指し出発。
アブダビで1時間のトランジェットの後にサウジです。





今回一緒に日本から来た方々とご対面。
彼らは一便遅い飛行機でシンガポール入り。
なんとシンガポールのイミグレーションを出て3時間の観光をしたそうです。
マーライオンに行ってとんぼ返りだったそうです。







見えてきました。
エレクトリックの国。
省エネなしの国。
産油国世界一のサウジ。
どこを掘ってもでます。

懐かしのジェッダ。
航空内は昨年よりもきれいになった気がしました。
掃除の仕方が良くなったように思います。
なんと、サウジで人気の日本文化を特集した番組がTVで放映されその影響もあるという事でした!!!

 

2011年11月16日 (水)
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恒例夜中のmeeting。

一年ぶりのHILTONホテルに着きました!!
B.T氏の弟さんの車に私は乗り込んで、他の方々も別の車で着きました。

ホテルで約一時間の支度の後、22:20にロビーに集合。
恒例の夜中のmeetingであります。
前回も驚きましたが、サウジの方の行動は完全に夜中型です。

これには同行の日本人男性陣も少しあきれ顔。
まして、「酒の無い国」に多少がっかりしていましたが、入っていったレストランには沢山のきれいなアバヤ姿の女性ばかりで、鼻の下をのばしていました。
私がいた事でこの女性達の多い席に男性陣も来ることができたという事でした。
男性ばかりでは取れなかったらしいです。カメラを忘れたので、このレストランが如何にハイセンスかをお見せできませんが、この店をデザインした人が我々のMeetingに参加していました。

サウジ人は労働者として働きません。マネージャークラス以上でないと働きません。
その後参加して来た男性は、サウジの国王のような家に住むバリバリのオボッちゃま男性という事で、私はすかさず名刺交換しました。
すっかり疲れ来ている体に目の前の大量のお料理。「一日飛行機内で7食。さすがに食えない!」と言いながら、この伝統的なパンに何でもはさんで食べる料理は楽しいひとときでした。

私は、明日はFree。
ようやく連絡の取れたハナンさんと、ジェッダのミュージアムの方と5時に会います。
ホテルにたどり着き、時間は24:00。
CNNのテレビをつけたまま、夢の世界に誘われるのでした..............

 

2011年11月17日 (木)
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念願のハンナさんとの再会。奥寺さんのサイン入りボールを渡せました。

窓の外の明かりで目覚めるも、なんだかすっかり疲れきっていて、今日はここにいてゆっくりと色々な計画を立てようと思いました。
窓の外の海は相変わらず素敵な光景です。備え付けのコーヒーとバナナだけでお昼まで過ごしました。

色々試した結果、ハンナさんと電話が繋がった事で、今日5時に来てくれるその時まで、私は自由。
実はその前に会う約束をしていたサウジ人の男性が、結局ロビーで待ちましたが来ませんでした。
約束は2:00でした。サウジでの健康のプログラムと、事務所の件で話しをしたかったのですが。
ロビーでパソコンでずっとムービーを作っていたので時間的にはロスしなかったのですが、ロビーにいた人たちに興味をもたれました。
私が部屋を動いた事で行き違いになったのかと思い、部屋に戻ってもメッセージは無く.....。
かえって何かあったのかと気になりました。
唯一のやり取りはFace Bookでしたが、ちゃんと今朝までやり取りしていたのに...本当に気になるのでした。
部屋に戻り、時間もあるしと、なんだか急におなかがすいて、部屋に遅めのブレックファーストを注文しました。結構おいしい。

久々に会ったハンナさんとファッションの話。
和羽矢の話に花が咲き、持って来た奥寺さんのサイン入りのボールを渡しました。
このボールはスペシャルです。
横浜FCのボールに、奥寺さん(横浜FC取締役会長)が三浦知良選手にも御願いして入れてもらったダブルサインのボールです。
渡されたハンナさんは「きっと弟が大喜びするわ」。
前回、ハナンさんの自宅に行ったときに、たまたま弟さんに遭遇しました。
私を見ると、さっと車いすを奥に走らせ、ハンナさんにはそのことは知らないでいました。
帰国後私に私が「弟さんによろしくね」。
とFace bookで言った事で「弟さんが首から下が全く動けない事、奥寺さんに会いたかったけど、会えなかった事」を聞けたのでした。私はすぐに奥寺さんに電話して、次回サウジに持っていくのでボールにサインしてくださいとお願いしたのでした。途中で再会に加わった、ミュージアムの男性と三人で長い間、話をするのでした。
情報化社会の中で、イスラームの女性が抱える問題。私にはハンナさんがアラブ社会に対し大きな壁を背負っているように見えました。
「先日、メッカに行ってお祈りをして来たんだけど、世界中から集まるおびただしい人の中で、風邪を引いて大変だったの」
と言いながら、「サウジも徐々に変わるは」と咳をしながら言っていました。
私が「サウジの今、必要なのは何よりも健康。私は体育の教師だったから、健全な肉体に健全な精神が宿ると話をしてあげたい。宗教への介入は全く望んでいないけど、このままでは石油はあっても、命がなくなる」彼女は「私はこれまで何度も多くの人に言い続けて来たの。あなたの計画を多いに役立つ人を今度紹介するわ」。
私が大学院に入学した意味が分かるのでした。

夕食に誘われましたが、明日の朝は6時に起きなくてはならず、リアド行きはたった一人で行くので、寝坊できないという事でお断りしました。
そのかわり、リアドから帰った20日に帰国前の数時間をミュージアムにはハンナさんと一緒に行く事にしました。


2011年11月18日 (金)
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結局徹夜して、ジェッダからリヤドを目指しました。初めてのリヤド一人旅です。

昨夜、湯船につかり「明日は寝坊できないぞ!!!!」と目覚ましも入念に寝ていると、B.Tさんから夜中の12時に電話で起こされました。
「矢作さん大丈夫?だいたい1時半くらいにロビーに着けるので、その時に少し打ち合わせできますか?」
「大丈夫ですよ。わかりました。1時半に下に降りますね。」........結局睡眠は中断して、リアドで会う方々へ見せるムービーを作る事にしました。
1時半にロビーに行くと10分後にB.Tさんと日本人陣が現れました。
日本人の方が「矢作さん。僕ら今朝プールで泳ぎましたよ」「私は女性なので泳げないんですよ一緒に。」
今、1時半過ぎなんですけど、私は明日6時に起きなくてはならないんですけど.....
と思いつつ、笑顔で打ち合わせの後部屋に戻り、結局徹夜するのでした。リヤドへ一人っきりで向かう事の不安はありませんでした。初めての飛行場で、たよりななるのは英語力と度胸。


カウンターで携帯電話にある予約のメールを見せて、荷物を預け、なんとかラウンジまでこぎ着けました。しかし、私にはやらなくてはならない事ができました。
それは日本大使館で大使に会う時間が変更になった事で、ようやく取れた帰りのチケットをリヤドで変えなくてはならなくなった事でした。

機内に運ばれるサウジ名産のコーヒーと、デイツ。
1時間半の旅は快適でした。










初めてのリアド。
ここがサウジアラビアの首都です。
初めて会う運転手さんが「YAHAGI」というカードを持って出口にいるという事で、初めての空港の出口をでました。黒人のやさそうな大きな方が札を持っていました。駐車場まで一緒に行くまで私の荷物を持ってくれ、車で約40分。車の中で自己紹介。
控えめに音楽をかけたので「It's OK. I like music. 」と言ってあげました。
聞いている音楽は私も大好きなSoul Musicでなんだか、ここがサウジなのか...と思うのでした。





面白いビルだと写真を撮ると、ここが私の宿泊するホテルでした。

今日の予定は夜8:30に初めて会う「オママさん」という女性に会います。
この方は今医学生。彼女が大好きなのは「日本」







ホテルの部屋に、コーランとカーペット。
ここはイスラームの国です。









初めて会う彼女と1時間以上、話は尽きませんでした。
私は再度サウジに来ます。そして「日本文化としてのファッションショー」を展開します。

B.Tさんからの電話で、今日この後、彼の友人ファミリーがホテルに来て、食事に招待するという事でした。10:00です。






 
サウジでは22:00や23:00から当たり前に食事に行きます。
それは子供も同じです。
こんなに夜遅くから、親と一緒に食べにいきます。

それにしてもかわいい子たちです!!ファミリーと友人に囲まれて、話は沢山。
赤い洋服の友人の方はアメリカに住んだ事があると聞き、そこがなんとサンノゼ。私が住んでいたエリアでした。話は日本の文化になり、本当に充実しました。
レバノンの伝統料理というのが本当においしかった。

ホテルまで送ってくれて、時計は既に12:00。
明日はいよいよ日本大使館です。
その後、ジェッダ往きの飛行機で、一人で戻ります。


2011年11月19日 (土)
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白亜の殿堂いよいよ。


リアドの朝。
窓の外からはコーランが聞こえてきます。








 
一階のレストランはモーニングビュッフェ。
コーヒーもおいしくて、幸せでした。特においしいのはパン。フルーツもおいしくて、自分で作るハムとレタスとトマトマヨネーズのパンは最高でした。







日本大使館で遠藤大使とお会いする約束の時間に間に合うように、ホテルで4時半にタクシーの運転手と待ち合わせ。
今日はこのままジェッダに帰るので、それまでにジェッダ往きのチケットをホテルのこんシャル車に変更手続きとチェックアウトをしました。
時間通り車が来ました。
いよいよ日本大使館。
遠藤大使との面会はサウジの元特命全権大使 太田博さんが昨年心配してくださいましたが、待望の約束を果たすときが来ました。

  

厳重な警戒のセキュリーティーチェックを抜けると、各国の大使館エリアに入りました。
日本大使館です。
秘書の方に電話。
ゲート前に来て頂き、私はタクシードライバーと「電話する」と言い、秘書の方と中に入りました。
日の丸です。

私は初めて見る待望の「白亜の殿堂」をこの目で見る事ができた事に感激しました。
一年前、太田元大使とTraditionJAPANでの対談したときに話をされていた「白亜の殿堂」を今見ているのです。

奥様もお越しになって、私は秘書の方を含め三人の方々と談話。2時間も話に花が咲きました。
こんなに、遠藤大使に歓待され本当に感激しました。
大使の「文化交流は、『撃ち合い』という話」にとても興味深さと感銘と同感を持ち、大使に録音させてくださいとiPhoneで対談のように録音しました。

夜、8時。無事に搭乗手続きも終えました。またリアドからジェッダ往きの飛行機。祈りの時間のカウントダウンが機内に映されていました。
ヒルトンに戻ると12時。

明日はいよいよ最終日です。それにしても連日ハード。

  

  ◆お忙しい公務の中、貴重なお時間をありがとうございました。 サウジアラビア駐箚特命全権大使の遠藤茂様に掲載の許可を頂きました。
   『「文化交流」って何?』



2011年11月20日 (日)
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ソフィアのミュージアムへ行く予定もままならず....
今日は最終日、池上彰氏と名刺交換しました。


昨年もこのプールを見ながら、コーヒーとデニッシュを頂きました。
ここで10:00に事務所を開く件で人と会う約束をしていました。








私はこのマーケットコンサル会社の場所を使用させて頂ける事になりました。
「サウジアラビアは今、ビジネスのチャンスがあります。この機会を逃せません。2、3年後ではもう遅いのです。」
という大使の言葉を思いだしました。
きっと人生にはタイミングがある筈です。コンサルの人の言う話には「サウジならでは」の文化を理解する必要があるという事。
とにかく今後のサウジに必要なものは沢山あり私の今までの経験を沢山生かす事ができるはずです。



今日、日本に帰りますが、ハンナさんがホテルまで迎えに来て、一緒にソフィアのミュージアムに行く筈でした。
しかし一時間待っても来ませんでした。
多分咳き込んでいたので来れなかったのか、私の思い込みだったのか.....。
とにかく、私がタクシーでソフィアのところに行くしかありませんでした。

ようやくようやく、タクシーに乗り込んだ物の、たどり着くまでに一時間以上。
既に一時間以上ミュージアムの閉館時間は過ぎてしまっていました。
タクシーの運転手はスリランカ人。
私にとって彼の話は大変に参考になりました。時間がかかり大変だったけれど有意義でした。
しかも「Do you have kid?」に免許証から写真を私に見せてくれました。
スリランカにいる家族の写真でした。「ここは教育も物価も高い。でもスリランカは安いからね」と。

一年ぶりの再会。
ソフィアに私が作ったきもののDVDを見せてあげました。美しいを連発してくれました。

ヒルトンのチェックアウトまで一時間。
秘書が車でヒルトンまで送ってくれました。

ロビーまで荷物を運んで日本人陣と再会。
チェックアウトしていると、今日からサウジ入りでテレビの取材で来た「池上彰さん」と会えました。
「私はイスラームの勉強しています。池上さんの書籍やテレビでも勉強させて頂いています」
と名刺交換して頂きました!
さていよいよサウジの最後の日です。これから、日本人陣と最後のひとときです。


2011年11月21日 (日)
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帰国します。羽田到着23:05予定。

チェックアウトした我々はいよいよ帰国。
その前に、日本人陣のジョニーディップ大村さん、ロバートデニーロ杉尾さん、グレンダイザーの中野さん、後一日居残るマイケルジェーフォックスの向井さんの四人とサウジアラビアの方三人とミニサウジ観光しながら空港に向かう事になりました。

そもそも、彼らと目的が違う私ははじめっから別々行動。
カタールで初めて会い、ヒルトンのロビーで会い、そして、今日再会したようなもの。 マイケルさん以外の三人は九州は博多出身の親友同士。
東京で本業の他で真剣に飲食業もやる。杉浦さんは22歳ですでに建設の会社を立ち上げた3人のお父さん。
お互いがお互いによく知っている。それだけあって、その友情はそばにいて凄く感じるほどでした。
年齢34歳。「サウジに日本人初サウジ初の『焼き肉屋』をつくる!!」とやって来たメンバー。

いつも窓から見ていた海。











  

今日もランチはその海沿いに車を止めて、ハンバーガーを買って絨毯の上でピクニック。
大きなハンバーガーにポテト。皆和気あいあい!初めてのサウジの海。なかなか清々しい風。

食べた後、連れて行った頂いたところは有名な建築デザイナーの家。
ここには世界中から沢山の観光客が訪れるという事でした。
英語の説明を私と向井さんが通訳。説明するのはご自身もデザイナーの息子さん。
実際に家族はこの家に住んでいます。

  

この方々。
緑のTシャツの方がここのデザイナーさん。
「黒沢明が好き」「私は黒沢監督の娘さんと対談したんです。」というと、「本当?」
その後、家の中似ある水を抜いたプールのライブ会場に来ると、僕はここに日本で大好きなアーティスト.......  .....『まさか.....』という予感的中。
「Yoshida Brothersに来てもらいたいんだ」.......まさかの的中。「私は吉田兄弟と対談したんです!」

その後、この家を離れいよいよ飛行場に。
その間、一緒の車の中で大村さんが「矢作さん彼らに伝えてもらえますか?.....
『今まで本当に有り難うございました。僕たちは皆さんと一緒に事業が出来る事に感謝しています。
出会えて嬉しかった。これまで色々な所に連れて行って頂いたり沢山ご馳走になったり、本当に感謝しています』と」。

私が英語で伝えると「僕たちも本当に会えて嬉しいです。一緒に出来る事がとても嬉しい。貴重な時間を一緒に費やしてくれて感謝しています。日本からわざわざ来てくれた事に感謝します。日本の良い文化をこれから沢山教えてください」
やり取りを手伝っているうちに私の方が感激.......いいなあ。
少ない時間でしたが、一緒のサウジでなんだか良い思いをさせて頂きました。

  

私は来月またサウジアラビアに行きます。






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